機関誌「精神保健福祉」

通巻123号 Vol.51 No.4(2020年10月25日発行)


目次

[巻頭言]隣にいる/田村 綾子

[特集]つまずきが虐待にならないために;精神保健福祉士の強みを活かす

[総論]つまずきを虐待にしないために;ソーシャルワーカーがすべきこと/加藤 雅江

[各論]ヤングケアラーの視点から考える
・子ども虐待にならないための支援/森田久美子
・子どもの虐待・ネグレクトとアディクション問題/山本 由紀
・メンタルヘルス問題のある親に養育される子どもたち;精神保健福祉士のまなざしは届いていたか/松宮 透

[実践報告]
・精神保健福祉士の視点で考える子ども家庭支援;児童相談所の立場から/四ツ谷創史
・児童福祉施設におけるPSW の支援の可能性について;児童福祉施設の立場から/吉田真由美
・教育相談室における精神保健福祉士の役割;教育機関の立場から/天野 庸子
・虐待予防と子育て家庭支援における精神保健福祉士の役割;総合病院の立場から/大 靖史
・応援ミーティング 当事者と支援者がともに安心とつながりを創り出す場;精神科クリニックの立場から/伊藤恵里子

[当事者の声]回復を辿る/半田加菜子

[研究論文]精神障害者の地域生活支援におけるクライシス・プランの実践方法に関する構造と機能/狩野 俊介

[連載]
・わたし×精神保健福祉士 第9回/「弱さも葛藤も成長の糧になる」/小貫 菜々
・実践の見える化 第7回/「読み手に伝わる論文を書くために」/山口 創生・岩崎  香・学会誌投稿論文等査読小委員会
・投稿要項
・訂正とお詫び
・『精神保健福祉』総目次/通巻120〜123号


巻頭言

隣にいる

聖学院大学 田村綾子

 クリスチャンが「主日」と呼ぶ日曜日には、心鎮めて神さまからのメッセージに耳を傾ける。教会は、老若男女がキリストを信じる者というただ一つの共通点ゆえに集う場だ。

 それにしても、熱心な信徒とはいえない私でさえ、こんなに長く礼拝に出なかったのは、洗礼を受けて以来はじめてのことだった。新型コロナウイルスの感染拡大防止は、それほどのインパクトをもち、人びとを集いの場から遠ざけている。礼拝が再開できたあとも、密を避けるため着席可能な数は大幅に減らされ、空席の目立つ会堂にポツリぽつりと座ると隙間の存在が強調されてさみしさを感じずにいられない。

 ところが、先日のこと、隣の席の風景がそれまでとは違った。「着席不可」という無機質な貼り紙の代わりに「ここは神さまの席です。あなたの隣に神さまがいてくださいます」という言葉がある。

 途端に“ディスタンス“が埋まった気がした。小さな喜びが与えられた。

 隣の席は空っぽなのではなく、ここで、いま、わたしとこの時、空間を共にする方が座っている。そう感じることができたのは、曲がりなりにも私がクリスチャンだからかもしれない。しかし、同じものを信じる者同士、会堂に集うみんなで無言のうちにこの感覚を共有でき、つながりを実感した。

 世間に目を転じれば、在宅ワークやオンライン授業などを含めて、ソーシャルディスタンシングの推奨により、自分が社会から切り離されたような心許ない思いを抱えて暮らす人が少なくない。そんな人びとの傍らにありたいと思う。精神保健福祉士としての実践においても、「いっしょにいてくれるんだ」と感じていただけるようなあり方を。

 そして、本当は、精神保健福祉士がその場にいなくても、平和や人権や平等など、ソーシャルワークの原理を共有しお互いが隣に居合わせることのできるよう、人びとの社会的なつながりを強められたらと思う。
 心の距離を縮めることはできるはずだから。

[特集]つまずきが虐待にならないために;精神保健福祉士の強みを活かす

特集にあたって

 児童虐待の相談対応件数は、年々増加の一途をたどり、悲しい報道がマスメディアに報じられることも頻繁にある。

 人とかかわることを生業とする専門職の間では、子ども虐待の問題は、その子どもや保護者、家族が問題なのではなく、孤立などを起因とする社会的な状況の中で生じているものであるという共通認識をもつことはできているだろう。しかしながら、いざ目の前に子どもの虐待ではないケースでかかわることになったクライエントがいて、そのクライエントに家族がいる場合、家族の状況にまで目を向けることができているかというと、十分ではないかもしれない。普段私たち精神保健福祉士が仕事をするなかでまさにこのように見ようとしなければ見えてこないこと、感度を上げなければつかむことができないSOSがあると考えている。

 本特集は、精神保健福祉士協会の中で立ち上がった虐待防止プロジェクトチームと共に組んだ企画である。同プロジェクトのことは本文中に詳しいが、精神保健福祉士が子どもの人権に敏感になり、家庭の抱える困難により早く気づけるようになることを目指している。この視点に立ち、本特集では、社会的、時代的背景といった子ども虐待問題に関する全体の概要から、子ども虐待の対応に対する理論的な背景、さらに各種現場で日々子どもを含めた家族に向き合う方たちの実践を集めた。精神保健福祉士としての強みを活かし、葛藤を抱えながらも、家族全体とのかかわりを丁寧に行っている実践に勇気や希望、そして、専門職としての責任が感じられる内容である。

 本特集が読者の皆さまにとって、精神保健福祉士としての強みを活かし、希望をもって子ども虐待に向き合うためのヒントとなれば幸いである。

担当者 三品 竜浩、坂本 智代枝、谷口 恵子


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