機関誌「精神保健福祉」

通巻81号 Vol.41 No.1(2010年3月25日発行)


目次

巻頭言  「自助・共助・公助」と専門職献/荒田 寛

特 集 地域に生きる、地域をつくる

〔総説〕
地域福祉とは何か/田中 英樹

〔各論〕
精神障害者の地域生活支援を考える─精神保健福祉士としてのエンパワメントとパートナーシップの実践課題/小田 敏雄

〔実践報告〕
共に生きる街 なんぐんへ─愛媛県南宇和郡愛南町での取組みから/中野 良治
“弱さ”が紡ぎ出す“強さ”へ/金井 聡
地域における障がい者就労支援/廣江 仁
ネットワークの中から生まれた地域づくり/足立須和子
困窮単身高齢者・障害者の地域協働型居住・生活支援/瀧脇 憲
NPO法人MEWのコミュニティワーク─ 一緒に学び合い、支え合うかかわり/島津屋賢子

〔実践報告の総括〕
地域を拓き、地域に生き、地域を創る─全国の実践例から学ぶ/石川 到覚

誌上スーパービジョン
自己決定を尊重するかかわりとは─自己点検と気づき──スーパーバイザー/柏木 昭

トピックス
改正高齢者住まい法について/福山 佳之
内閣府障がい者制度改革推進会議/大塚 淳子

研究論文
リカバリーにおけるSAの役割─スピリチュアリティの視点から─/橋本 直子

実践報告
ワークシェアリング就労支援による精神保健福祉施設利用者の自律─コミキャン北野“ゆいま〜る”の管理業務を担って/丹羽 國子・三木佐和子・白坂 新司・西川 万志

委員会報告

情報ファイル
「2009年度触法精神障害者支援に関する研修会」報告/服部 聖弥、「認知症問題にかかわる精神保健福祉士─認知症実践研修」報告/岡安 努、「日本精神障害者リハビリテーション学会第17回福島大会」報告/縄井 悦子、「第25回中四国精神保健福祉士大会島根大会」報告/林 康紀

リレーエッセイ
職業人生を振り返る/加藤さよ子

連載
実践現場からのつぶやきコーナー「P子の部屋」、協会の動き/坪松 真吾、書評/小久保裕美
投稿規定/協会の行事予定/2010年開催 精神保健福祉関連学会・研究会一覧


巻頭言

「自助・共助・公助」と専門職

龍谷大学 荒田  寛

 精神保健福祉士の活動範囲は拡大し、その社会的責任は増大しているが、誰のために、どこに責任をもつのか検討する姿勢があいまいになってはならない。

 昨今、政策的責任のある人が「行政依存の福祉志向をやめよう」「公助・共助・自助の役割を果たすことが大切である」と発言する場面に出会うことがある。その論拠は、障害者や認知症高齢者が自らの生活問題に取り組み、そして当事者同士の支え合いや地域住民が相互に支え合う仕組みをつくり、それでも足りないところを行政的なサービスによって補うという主張で、福祉予算を削減する政治経済的な姿勢が透けて見える。

 わが国では租税、健康保険料、年金など国民の負担は増大しているものの、国民総生産と対比した社会保障費の占める割合は諸外国に比較して少ない。後期高齢者医療制度のように75歳以上の高齢者と65歳以上の障害者に相応の負担を課している制度は他には見られない。政策主体者は、本来の社会福祉のシステムの構築と財源の補償の義務を果たすことが求められ、地方自治体に責任転嫁をしないで十分な予算的整備を図られたい。

 行政的な圏域から展開される「地域」は、急速に進められた市町村合併によって、その範囲や行政サービスの内容の地域格差が大きくなっている。当事者と地域住民の住み慣れた街の暮らしのなかからしか、具体的な「地域」は創造しえないと考える。地域社会における自立は、自立生活運動にみられるように、周囲との戦いや政策的な変化を求める当事者の運動と自らの生活課題に取り組んで「自己実現」することにあり、本来の自助と共助は、当事者自身と地域住民とボランティアの自主的・主体的な相互支援の活動から生まれる。行政と地域住民と当事者との連携のあり方が問われている。

 専門職の役割は、障害者や認知症高齢者などの弱者と呼ばれている人たちが置かれている現実から、冷静に社会状況を見つめ、その生活問題の根拠を分析・評価し、これからの政策的課題と支援の課題を提起していくことである。そして、当事者と協働しつつ、当事者の視点で政策的な批判、新しい政策の誘導、社会資源の拡大と獲得を行い、暮らしやすい「地域」を創っていくことが社会的責務である。

 老婆心ながら、専門職同士の連携網による手厚いケアが本人を無力化させてしまうことを危惧している。


 特集 地域に生きる、地域をつくる

 かつての共同作業所に象徴されるように、これまで地域に興されてきたさまざまな活動は、障害者自立支援法という法的枠組みのなか、役割と責任が位置付けられた。いくつかの課題を孕みつつも、施設運営基盤の安定、就労支援への取り組みや工賃アップなど、これまで棚上げされてきた課題の解消と多様な事業展開に期待が集まった。2009年、政権交代によりその大きな一歩は次の足の置き場を失った。新政権のもと、障害者自立支援法廃止が明言され、あらたな障害福祉制度の設計が進められている。

 一方、精神保健福祉士は、精神障害者個々のケースに接するなかから、地域社会全体の課題をとらえ、その解決策を率先して模索してきた。時に地域で新たなアクションを興し、時にサービスの制度化を推し進めることもあった。しかし昨今の目まぐるしい社会情勢の変化のなか、われわれは地域社会全体と、そこにおけるさまざまな事象に目を向ける志向性に欠けていたのではないかという反省もある。

 精神障害者の生活支援にかかわりながら、徐々に見えてきた地域のニーズとは何なのかを確定するときがやってきている。そこに確たる地歩を築かなければ、やはり旧来のまま、偏見と差別に左右されて、精神障害者排除そのものが地域社会のニーズとしてあり続けることになろう。地域社会の創造にかかわる姿勢や歓びが失われることへの危機感をもつ。

 このような背景を踏まえつつ、今回の特集はもう少し広い視野で、「地域」に目を向けたい。これまで精神保健福祉士は地域をどう定義し、そこにかかわってきたのか、その変遷を振り返る。さらに各地の実践報告からは、特にこの変革期をどうとらえ、切り抜けようとしているのかに着目したい。精神保健福祉士として地域で担うべき役割とは何か、見失わぬようにすべき「軸」とは一体何なのかを振り返る機会になれば幸いである。

(編集委員:西川健一・古川友理・渡部裕一)


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