機関誌「精神保健福祉」

通巻84号 Vol.41 No.4(2010年12月25日発行)


目次

巻頭言  可視化の営み/川口 真知子

特 集 現代の貧困と精神保健福祉士

〔総説〕
貧困問題をどうとらえ、立ち向かうか/岡部  卓
精神障害者の歴史的貧困状況と精神保健福祉士 市民としての精神障害者 ─集積する貧困から貧困の拡散へ/岡村 正幸

〔各論〕
貧困とは何か ─現場のPSWに求められる視点/鈴木 浩子
急増する生活保護利用者とソーシャルワーカーに求められていること/横山 秀昭
「ごく当たり前の生活」を実現する権利保障/岩崎  香

〔実践報告〕
生活困窮者を支える地域実践/富松 玲香
無年金障害者問題への取組み/菊池 江美子
生活困窮者支援の取組みから/橋 恵里香
無料低額診療事業を行う医療機関のソーシャルワーカー─現状と課題について 駒野 敬行

誌上スーパービジョン
支援の途中から担当となったかかわりを振り返る──スーパーバイザー/柏木  昭

トピックス
「生活保護受給者の社会的な居場所づくりと新しい公共に関する研究会」報告/瀧脇  憲
障がい者制度改革推進会議総合福祉部会が取り組んでいること─障害者権利条約と基本合意文書を基本に据えて/増田 一世

現場レポート
障害程度区分認定審査へのかかわり ─支給決定のシステムについて/ 森 克彦

委員会報告
平成21年度障害者保健福祉推進事業(障害者自立支援調査研究プロジェクト) 精神保健福祉士養成カリキュラム改正に伴う実習指導者及び実習担当教員養成研修のプログラム開発事業報告書の概要
─実習指導者の実態調査及び研修プログラムの概要を中心に/ 田村 綾子

情報ファイル
「日本デイケア学会 第15回年次大会in仙台」報告/石黒  亨
「第3回全国精神保健福祉家族大会?みんなねっと岩手大会?」報告/伊藤 千尋
「日本社会福祉学会 第58回秋季大会」報告/阪田憲二郎
「第18回日本精神科救急学会」参加報告/今西 綾子
「日本精神障害者リハビリテーション学会 第18回浦河大会」について/伊藤 知之
「SST普及協会 第15回学術集会in富山」報告/小原 智恵

リレーエッセイ
?「心につつみ込む想い」/ 小畑 友希

連載
実践現場からのつぶやきコーナー「P子の部屋」、協会の動き/坪松 真吾、書評/神吉まゆみ

投稿規定/協会の行事予定


巻頭言

可視化の営み

機関誌編集委員会委員長/井之頭病院 川口真知子

 さまざまな個々の生活困難事象から共通項が見出され、名付けられ可視化し、ソーシャルワークが取り組む課題となる。

 精神保健福祉領域のソーシャルワーカーは、精神科病院に入院している人々や退院してきた人々にかかわるところから、その歴史が始まった。精神疾患を患ったが故に、理不尽に地縁血縁やごく当たり前の市民生活から排除されているという共通項があった。

 一方、地域社会では、SOSを発信する力や受信する力が薄れゆき、人口の急速な高齢化や、長く続く景気低迷とすぐ隣り合わせにある貧困を背景に、うつ、認知症、依存症、自殺、虐待といったメンタルヘルス課題が身近に迫る社会問題として報じられている。ここでもまさに、クライエントを通して目の当たりにする現実から、社会の中で人々が出会う困難事象の共通項を発見し、実践課題にしていく視点が試されるのだろう。

 私自身はといえば、「精神障害者の社会復帰」という、当時既に名付けられていた課題に取り組もうと考えて精神科病院に就職した。入ったものの、何をすればよいのか途方に暮れた。糸口を見つけられなくても、日々の業務に明け暮れているうちに時は過ぎてしまう。だが、そんな日々であっても、そのうち暗闇に目が慣れてくるように、随分と断片的な実践課題が時折浮かび出てくる。ぼんやりした輪郭が、時間をかけているうちに、ようやく自分にも着手できそうな具体的な課題として目の前に現れる。そんなささやかなことの繰り返しのように思う。そんなふうに、目に見えないほどの成果をいつの間にか重ねていることを信じたい。

 ところで、精神保健福祉士の実践領域と期待される役割は、確実に拡大している。それは、自分に何ができるのかと途方に暮れた時期を過ごし、そこから具体的な実践課題を見出し、着手する方法を発見し実践してきた、無数のソーシャルワーカーの功績であると、改めて思うのである。


 特集 現代の貧困と精神保健福祉士

 近年、不況やグローバル経済の主流化を背景とした雇用の非正規化や効率化、生活保護世帯・低所得世帯の増加などが社会現象として発生し、その副作用として反貧困を掲げたさまざまな社会運動が起こり、メディアでも頻繁に取り上げられている。わが国には最低生活を保障する制度として生活保護制度が存在するものの、稼働能力のない人に限定化した運用をしており、本来のナショナルミニマムを担保する制度と成り得ていない現状である。これは、憲法で国民に対し勤労・納税の義務を課しているが故ともいえる。であるならば、本来どのような境遇にあろうと、どのような障害をもっていても、その状況や状態に応じた雇用機会・雇用形態が等しく提供され、生活を営める賃金保障がなされなければならないが、現実には失業率は悪化し障害者の雇用は進まず挙句、人を物を捨てるが如く切っていく派遣切りが横行している。また、子どもの家庭環境においても7人に1人が貧困であるとのデータも示されている。

 他方、精神障害者にとっての貧困問題は今に始まったことではなく、これまでの歴史において常に重くのしかかってきたことである。精神科病院への隔離収容と保護者への過剰なまでの押しつけ、それらによる偏見の助長により、人間としての生存・生活すら奪われてきた。そのなかで、当たり前に地域で暮らす権利や所得保障、雇用機会の創出などが世間や国に届かぬ声で議論されてきた。今さら貧困問題と思う一方、今だからこそ障害や病気、ハウジングプア、ワークングプア、ホームレス、父子・母子家庭など困難な境遇に置かれた人というカテゴリーを超えて、貧困問題に立ち向かう連帯が必要とも考える。

 今号では、私たち精神保健福祉士のソーシャルワーク実践が生まれた起源である貧困をテーマに取り上げ、援助実践の視点や当たり前の生活の実現を見つめ直す機会としたい。

(編集委員:鶴 幸一郎)


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