機関誌「精神保健福祉」

通巻94号 Vol.44 No.2(2013年6月25日発行)


目次

巻頭言  「適応する人」「適応させる人」/荒田  寛

特集 法制度に向き合い続ける精神保健福祉士の価値

〔総説〕
精神障害者像・社会像の法律上の変遷史/池原 毅和
制度と実践の関係.精神保健福祉士の実践/西澤 利朗

〔各論〕
自己完結しない医療・私・それを支えるソーシャルワーカーの使命/梶元 紗代
ひとに気づき、人と築く.十勝・帯広の PSWたち/小栗 静雄

〔実践報告〕
精神科病院への「移送問題」にかかわる精神保健福祉士の葛藤/ 長谷川千種
退院促進・地域移行支援を 20年以上続けてきた経験から/田尾有樹子
ソーシャルワーク援助と無年金障害者裁判/中住 孝典
生活困窮者支援の取組み実践/瀧脇  憲
精神保健福祉士の価値に基づく成年後見制度の活用と実際について/西川 健一
高知医療観察ネットワーク会議の活動報告について/垣内佐智子・曽根宏一郎

誌上スーパービジョン
本人のみのかかわりに固執したケースを振り返る─スーパーバイザー/柏木昭

トピックス
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部改正=木太 直人
障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律案、精神障害者雇用の義務化について=齋藤 敏靖

研究論文
精神保健福祉士が経験する多様な業務の実態とその評価に関する研究−精神科病院に勤務するPSWへのアンケート調査結果より/岩本  操

情報ファイル
第6回世界精神医学会アンチスティグマ分科会国際会議=松本すみ子
「みんなねっとフォーラム2012」の開催=鈴木 紀善
メンタルヘルスの集い(第27回日本精神保健会 議)報告=相川 章子

リレーエッセイ/流れ流れて/荒川 将栄
連載/実践現場からのつぶやきコーナー「P子の部屋」
・協会の動き/坪松 真吾、この1冊/小田 敏雄・國重 智宏
・投稿規定
・協会の行事予定/想いをつなぐ〜災害とソーシャルワーク〜(6)
2013年開催 精神保健福祉関連学会・研究会一覧


巻頭言

「適応する人」「適応させる人」

龍谷大学 荒田  寛

 かつて、「日本精神保健福祉士協会」の前身である「日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会」は、「Y問題」を経験することで、本人不在の支援が人権の侵害につながるということを学び、ソーシャルワーカーの専門性の追求と身分法の検討の議論をしている。

 そして、 1975(昭和 50)年の 10周年記念特集号で、自己決定の原則を主張しつつも、医療の概念の範囲の中で「チームワーク」や「協調」と「合理化」が進められ、当事者の要求とは乖離した適応論的な考え方になっていたことを猛省されている。また、協会の組織化直後の 1965(昭和 40)年の「精神衛生法」の改正時に、法 42条に保健所に配置される精神衛生相談員の任用資格が、大学において社会福祉に関する科目を修めて卒業した者とされたことを積極的に評価したことは、地域管理が進められる当事者が置かれた状況の洞察と社会的・政治的状況に対する問題意識が欠落していたと厳しく自省されている。

 1997(平成9)年の国家資格化と、矢継ぎ早に変わるわが国の精神保健福祉の制度政策は、精神保健福祉士のソーシャルワーク実践に大きな影響を与え、制度・政策の枠組みの中での事業の運営や日々の業務をこなすことに囚われている。制度政策の変動の最中にいて、私たちは、当事者を精神保健福祉サービス体系に「適応させる」ことを業務にしていないだろうかと疑心暗鬼になる。ソーシャルワーク業務が、退院促進事業、就労支援、ケアマネジメント、アウトリーチ事業などに行政施策として切り取られて展開され、それらに応じた効率化、費用対効果、成果主義も求められるようになった。社会防衛的な法制度と包括的な地域支援サービス制度の中で、医療的な管理が進む現状に過剰に「適応する」ことで、ソーシャルワーカーとしての専門性が揺らいでいるとともに、当事者をそのようなサービス展開に「適応させている」のではないかと、過去の歴史を振り返って考えている。

特集 法制度に向き合い続ける精神保健福祉士の価値

 戦後、ポリスパワーを基礎とした戦前の精神障がい者政策が廃止され、代わって医療と保護を目的とした精神衛生法が制定された。その後、病院開放化運動や中間施設論争、保安処分論争などの動きが起こる一方で、ライシャワー事件や宇都宮病院事件などが起きるたびに、精神障がい者やその家族にまつわる法律が制定・改正されてきた。そうした状況下において、PSW は少しずつではあるがその数を増やしネットワークを築いてきた。その結実として1964年に日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会が設立されるに至る。しかしその設立9 年後、協会のみならずPSW 自身の存在を揺るがすY問題が起き、PSW がいかにあるべきかの議論がなされる事態に直面化する。その議論の経過とともに精神保健法の成立から精神保健福祉法制定へと法制度が移っていった。PSW 自体も議論の末、1997年に国家資格化され、一定の専門教育制度も構築された。また、精神障がい者も障害者基本法の中で、障がい者として位置づけられ、障害者自立支援法制定により福祉サービスの対象となった。

 現在、保護者制度および入院のあり方に関する議論が行われ、精神保健福祉法改正が国会に提出される状況に至っている。

 今号において、こうした時代および法制度の歴史や背景を念頭に精神保健福祉士の価値・倫理や存在意義が、その時々の法制定やその影響を受けた精神障がい者および家族の実情をどのようにとらえ、また、どのように向き合いながら形成されてきたかについて確認したい。そして、法制度に向き合いながらも精神保健福祉士が専門職たり得る、あるいは、精神障がい者やその家族および社会から肯定的な評価を得るための、揺るぎない価値と実践について取り上げていく企画とした。

(編集委員:鶴 幸一郎)


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