別紙3
社団法人日本精神保健福祉士協会
保険・診療報酬委員会
2008年診療報酬改定によって新設された「精神科地域移行実施加算」は当初5点の点数設定だった。その年、この基準を届け出た病院は243病院(精神科を標榜する病院の16%)だったが、翌2009年度には298病院(同19%)と増加した。
2010年度改定ではこの基準が5点プラスされて、10点となった。この改定により新たな届け出を検討しているか準備に入っている病院は相当数になるだろう。この加算に投下される診療報酬は概算で、2009年度ベースの病院数298×約230床(1病院当たり全国平均病床数)×100円×365日=約25億円となる。
一方、2006年の精神保健福祉資料(以下、630調査)では320千人だった入院患者が2008年630調査段階で301千人と19千人減少した。2009年の入院患者数はまだ公表されていないが、相当数の減少傾向になると思われる。
上記加算のコスト分は、患者数に換算すると、25億÷500万(一人年間)=500人分に過ぎない。この加算要件を満たす形で退院された5年以上在院者(全体の在院患者数の約30%のうちの5%。すなわち概算で、298病院×230床×30%×5%=1,030人以上となろう。
病院サイドにとってこの加算だけの収支で見れば割が合わないということになろう。しかし例えば、4人退院して開いたベッドを、3人が平均3ヶ月で入退院するようになれば採算は取れることになる。この加算のシステムは、精神科病院が長期在院の人の地域移行に取り組んでいくための経済的インセンティブを持てるための一定の有効性をもっていると思われる。
しかし、この加算制度には大きな課題が残っていると考える。それは、「5年以上の在院患者」というくくり方にある。2004年に国が示した「改革ビジョン」にあるように、精神科入院患者の残存率は3ヶ月を境にカーブが緩やかになり1年以上から先はほぼ横ばいとなる傾向がある。
1年以上の退院率は1999年で21.7%、2006年で23.0%とわずかな改善しかみていない。しかも、おそらくこの間に入院患者全体の高齢化も徐々に進み、合併症等による転院も増加しているはずで、転院や死亡による退院を除けば実質は殆ど改善していないのではないかと思われる。
ここで、2009年9月24日公表の「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」(今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会 最終報告)を一部引用する。
(入院期間1年以上患者の動態)
○その一方で、在院期間1 年以上での退院は毎年5万人弱で推移しているが、新たに入院期間1年以上となる患者数が毎年5 万人程度であるため、その結果として、1年以上入院患者数は23 万人弱で大きく変化していない。
○また、入院期間1 年以上患者は全体の65%を占めているが、退院患者のうち、在院期間が1 年以上で退院した患者の割合は約13%であり、そのうち転院や死亡による退院は約6
割となっている。これに対し、退院患者のうち、在院期間が5 年以上で退院した患者の割合はわずか4%にとどまり、そのうち転院や死亡による退院は7
割以上となっており、入院期間が長期化するほど、転院や死亡による退院の割合が高くなっている。
○このように、入院の短期化が進んでいる一方で、入院期間1 年以上の長期入院患者では、その動態に近年大きな変化がみられておらず、今後、どのように地域移行を進め、長期入院患者の減少を図っていくかが課題となっている。(以下略)
と指摘し、最後に、
(2) 今後の目標値について
○改革ビジョンの後期5 ケ年の重点施策群においては、「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本理念に基づく改革を更に加速するとともに、以下の目標値を掲げ、実効性ある取組を行うべきである。
新たな目標値(後期5 ケ年の重点施策群において追加するもの)
◎ 統合失調症による入院患者数:約15万人 (平成17年との比較:4.6万人減)
◎ 認知症に関する目標値(例:入院患者数 等):平成23 年度までに具体化する。
改革ビジョンにおける目標値(今後も引き続き掲げるもの)
◆ 各都道府県の平均残存率(1年未満群)に関する目標:24%以下
◆ 各都道府県の退院率(1年以上群)に関する目標:29%以上
・ 上記目標の達成により、約7万床相当の減少が促される。〔誘導目標〕
・ 基準病床数の試算
平成21年現在:31.3万床 平成27年(試算):28.2万床
※現在の病床数(平成19年10月)との差:6.9万床
※ 精神病床数については、都道府県が医療計画の達成を図り、又は個々の医療機関が患者の療養環境の改善、人員配置等の充実を通じて医療の質を向上させる取組を直接に支援し促す方策の具体化を目指す。
※ 疾患毎の目標値等の策定・進捗状況等を踏まえて、医療計画の基準病床数算定式について、更なる見直しを検討する。
上記のように最終報告では、平均残存率(1年未満群)及び退院率(1年以上群)の目標数値を引き続き掲げるべきとしているが、2010年診療報酬改定ではとりあえず5年以上在院者地域移行の重点評価という形となった。
上記の表によると、5年以上在院者の5%は4,500人となり、実際に社会復帰した人数は4,400人と推計される。このうち地域移行実施加算の対象となった退院者は1,000人となり、24%を占めていることとなる。一方、1年以上在院者のうち社会復帰した患者は19,000人(5年以上も含む)と推計され、1年以上在院者の10%弱となる。
5年以上在院者の地域移行は重要なことであるとともに、1年以上在院者の地域移行も重要である。今後入院患者の高齢化がますます進む中で、1年以上在院者の地域移行も積極的に図っていく必要がある。
そのための診療報酬上の仕組みを設けるべきと考える。
現行の地域移行実施加算をとし、入院期間が1年を超える患者の地域移行(5年以上も含む)を促進するための加算を設ける。及びは選択可能とし、両方届け出も可とする。
(1)入院期間が1年を超える患者のうち、退院した患者の数が1年間(起算点は現行と同様1月から12月)で10%以上となること。ただし、当該退院患者が退院後3ヶ月以上再入院しないこと。
(2)精神保健福祉士を施設基準で専従とされている(急性期治療病棟・精神科救急入院料・デイケア等)以外の人員を、精神科病床数(急性期治療病棟・精神科救急入院料等を除く)50床に対し常勤換算で1名以上配置していること。
上記「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会 最終報告)によると、1年以上在院者の社会復帰率は、全国推計値で約10%弱となっている。従って、まずはその水準以下の医療機関に努力してもらえるような目標数値を基準とするとともに、既に到達している医療機関にも継続的に社会復帰活動に取り組めるように設定するのが望ましい。
2006年630調査を都道府県別で比較し、各職種の配置状況(対病床数)と病院活動性(平均在院日数・平均残存率・退院率)との比較をしてみたところ、精神保健福祉士の配置状況との関連では「平均在院日数」について、弱い相関関係が認められた(+0.35)に過ぎないが、「平均在院日数」と「退院率」・「平均残存率」の間にも弱い相関が認められた(-0.28 +0.28)。
また、ある自治体(都道府県)における2007年630調査結果を、情報公開により入手したデータを個々の病院について関連する分析を行ったところ、精神保健福祉士の配置状況と諸々の活動性についての間には明確な相関関係が認められた。
特に、在院期間別患者分布では精神保健福祉士の配置状況に反比例して長期在院者の占める割合が少ない傾向にあることが認められた。
*平均在院日数との相関 (+0.53)
*1年未満率との相関 (-0.50)
*5年以上入院者率との相関(+0.59)
この個々の64病院のうち精神保健福祉士の配置状況が高い上位1/4の平均配置状況は対患者数で28人であった(自治体内全体では49人)。ただしこの調査は、病院全体の配置状況から病床数で割り戻しているため、デイケアや急性期治療病棟等の施設基準に含まれるものや、外来関係・受診相談・訪問活動に従事しているものも含まれている。(例えば、240床の病院で、デイケアや外来・地域関係で3人、受診相談・病棟関係で5人とすると、240床÷8人=30人≠28人となる。)
この想定が、病床数対精神保健福祉士50対1とする理由である。(240床÷5=48≠50床)
上記の分析は個々の病院のデータから明らかになったものである。同様の傾向は他の自治体でもあるものと思われる。都道府県別の比較では総体としての傾向しか伺えない。
長期在院者の社会復帰支援のために、病院に勤務する精神保健福祉士は様々な活動を行っている。それは院内チームとの諸連携に止まらず、関係機関との調整・開拓やインフォーマルな社会資源との交流等多岐に渡る。それら定型化しにくい支援の個々に診療報酬で評価することは返って偏った支援にミスリードすることになりかねない。
個々の病院内の諸環境や地域特性、社会資源の状況等の違いに合わせた社会復帰支援を行っていくためには、精神保健福祉士を配置基準による体制評価とするのが望ましい。
加算のいずれかしか届け出出来ないとすると、加算の場合は5年以上の社会復帰に労力を注ぐこととなり、到って1年以上5年未満の患者への社会復帰の支援がなおざりになりかねない。逆に加算の場合は5年以上の患者への支援がなおざりになりかねない。
期間の区別なく、長期在院者全体の社会復帰に取り組めるようにするためには、加算の両方を届け出ることも「可」として、退院促進にインセンティブを与えることが望ましい。
その場合、5年以上の患者の社会復帰率が重複評価されることとなるが、総体として退院促進が進んだことの成功報酬と考えてはいいのではないか。
以上